「八重の桜」がクライマックスだ。最終という意味でのクライマックスではなく、本作のクライマックスは間違いなく、会津戦争だからそのクライマックスだ。
日本は未だに明治維新のまま政界も財界も薩摩と長州の力が隠然として残っている。まさか、と思う人も居るかもしれないが、私はそう思っている。
その意味では歴史の教科書も「最後まで幕藩体制に組して抵抗した会津を官軍が成敗した」という書き方になっているが、この「八重の桜」は会津よりの視点で書いてくれている点は評価したい(それ以外の脚本が酷いのは目をつぶれないが)。
会津は単に要領とタイミングが悪かっただけなのだ。それなのにあんなにひどい仕打ちになったのは、その後、その後佐賀の乱の首謀者であった江藤新平がろくな裁判もされずに「晒し首」になったのと同様に見せしめなのだ。
勝てば官軍、負ければ賊軍とはよく言ったもので、本当に戦争で雌雄を決して負けた方は、その後ぼろくそにいわれて酷い目にあっても文句はいえない。しかし、追いつめられて戦争をしなくては、あとは死ぬだけ、戦って死ぬか、戦わずに死ぬかを迫られた方の立場はどうだろう。勝てば官軍みたいなアホなことで多くの人間が死んでしまっていいのだろうか?
勝てば官軍の思想がある限り、この世に暴力はなくならない。結局勝てばいいんだろう。ということになるからだ。
「晒し首」は江戸時代でも珍しい厳しく、そして野蛮な刑罰だ。人類は「文明」を築き、進歩して来たが、つい130年前まで、自分と敵対したというだけの理由で首を晒していたような野蛮な動物なのだ。
この先、さらに進歩、進化して「勝てば官軍」のような野蛮な思想が滅びてくれればいいな、と強く思っている。

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