以前も書いたと思うが、日本将棋連盟というプロ棋士の組織があって、そこは棋士を強さでランク付けして、毎年戦い、その結果で次の年の棋士のランクと給料が決まるのだ。
この仕組みを順位戦といい、順位戦を戦わないフリークラスの棋士が一部いるが、基本的にはすべての棋士が、C2、C1、B2、B1、A級と5つの順位戦を戦い、A級で1位になった棋士が『名人』に挑戦できる。
例えば、相撲の横綱は一度横綱になると、2度と大関に陥落することはない(正確にいえば大関になる前に引退しているのだと思うが)。しかし将棋界は元名人がどこまででもランクを落として戦うことが出来る。
この仕組みは凄くシビアで、非情で、しかもスリリングだ。
そしてA級順位最終戦は一斉対局で3月に行われ、この日を「将棋界の一番長い日」というのだ。
囲碁界もこういうことをやればいいと思うのだが、残念ながらゲームの性質上、将棋は見ていてもある程度の知識があれば、優劣勢、勝ち負けが分かりやすいが、囲碁の場合、一見しても分からないという問題がある。
最近は「見る将」と言って、将棋は見るだけという人も増えているそうで、それは将棋というゲームの特性でもあるだろう。またチェスと違い将棋は長時間に対局が及び、逆転もしょっちゅうある。そこにランキングの人間ドラマが加わるのだから面白くない訳がない。
さて、興奮して前段が長くなったが、今日はそのA級順位戦最終局の一斉対局日。この日に、名人挑戦者が分かり、そしてB級に陥落する棋士が決まるのだ。名人挑戦者はすでに羽生善治三冠が決めているので、興味の対象はB級陥落に移る。
実はこちらも谷川浩司九段の降級が決まっており、31年守ったA級の座からついに落ちるのだ。残念でならないが、これも実力主義の将棋界の習わしなのだ。
将棋界には「米長哲学』という八百長には真っ向から反対する考え方がある。「自分にとっては消化試合だが相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす」というものだ。いわゆる自分の成績には関係ないから「負けてあげる』という考え方がないのだ。
こういう文化も相まって、順位戦の最終局は単なる消化試合ではなく、それぞれが面白いのだ。
今日も朝から生放送が「囲碁将棋チャンネル』で行われているが、残念ながら私は出社。途中からの観戦になった。
今年は、いつもの将棋会館で10からの対局開始ではなく、静岡で9時からの対局開始なので遅くとも24時頃には終わるだろうと思っていたが、あにはからんや、最終三浦vs丸山戦が終わったのは26時半であった。
頭脳を使うともの凄くカロリーを消費するので、将棋棋士というのは体力も必要なのだ。朝の9時から26時半まで真剣に将棋を指して、しかもよい対局をするというのは、本当に常時には真似の出来ない所業だ。
今年も、これで将棋の1年に区切りが付き。春の名人戦から1年が始まる。毎年本当に面白い。

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