今日は義理の父の誕生日会の為に、義理の弟の住む大岡山まで行って来た。
義弟は昨年結婚して、新居に呼ばれてはいたのだが、義母の体調が良くなくて延期になっていたのだった。
体調の良くない義母も、こうやってみんな集まると元気を取り戻し、顔色もよく、食べ物も食べる。考えてみると、最愛の息子が独り立ちして、色んなことを話せる娘が近所から文京区へ引っ越してしまい、義母も寂しい思いをしているから弱気になっているのだろうか?と考え込んでしまった。
みんなで楽しく会話をして、楽しい時間を過ごして、美味しいものを食べて、おいしいお酒を飲んで、こういう時間は私の家族では出来なかったことだが、この先もこういう時間は大切にしたいと心の底から思うので、妻に義両親との同居を話してみた。
義祖母が94歳で健在なので、簡単には引っ越しは出来ないだろうけれども、みんなまとめて文京区に越して来させる手はないだろうか?と提案してみた。
簡単には我々が蒲田に戻ればよいのだろうが、大変申し訳ないがそこまでの譲歩は出来ない。同居は私は自分の両親ともするのは嫌なのに、義理の両親と住むのは、お互いに相当なストレスになると思う。でもそれでも、義母の体調を考えるとなるべく近くにいてあげるのがよいのではないかと心から思う。
永遠にこういうことが続く訳ではないからこそ、生きている時に多少嫌な思いはあっても、一緒の時間を長く過ごすということは大切なことなのではないだろうか?

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