日曜日に楽団のことを考えることが多い。昨日の練習を思い出して、今度はこんな風に練習してみよう、とか、あのパートのあのフレーズ確認しようとか、そんなことを色々考える。

考える中で、音楽のこと、運営のこと、楽団の未来の色々な事を考える。

その中でも私がいつも忘れないようにしてあるのは、楽員のことだ。

うちの楽団はまずコンセプトありき、そこに集まる人はコンセプトに賛同した人であって、その根底が通じていない人は入団できない。

例えばオーディションはしない。した方がうまいメンバーを集められるが、うまいメンバーを集めることが目的ではないので、それはしない。

出席を重要視するけど、来ないからと言ってクビにはしない。三ヶ月練習に来ないと除籍になるが、三ヶ月も連続して休む人は物理的に活動してるとは言えないから仕方がない。

民主主義の多数決で決めることもしない。多数決でで決めることによって責任が曖昧になるからだ。多数決によらず、議論を尽くして結論に納得して運営して行く。

このように些か全体主義的な匂いのする楽団だが、これはこの楽団に私のポリシーが根付くまで強制的にやって行くが、本来であれば、この理念に賛同して集まってくれている楽員は言わば同志だから、大切にしたいと思っている。

思ってはいるが、楽員個人の思いを重要視出来ないのは、私が抱える論理矛盾なのだ。

なんとか止揚して、新しい楽団の形を作ろうと、8年経ってももがいているのだ。

人は石垣、人は城。結局音楽を紡ぎ出すのは楽器でも楽譜でもないのだ。

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