私は日本の音楽教育が間違っていると思っていて、それを打破するために自分でオーケストラを始めた。

同様に、囲碁も、こんなに面白いのに、普及しないのは、囲碁界の怠慢で、間違った方法で教えているからこんな状態なのだと強く思っている。

例えば囲碁を始めたばかりの人にはいきなり19路盤だと広いから9路盤で教えたりする。

囲碁で一番大切なのは「損得の感覚」で、9路盤ではそれが分からずに、いきなり斬り合いになる。

同様に、下手くそなうちはハンデと称して、置き碁というのをする。最初に1つから、大体9つ先に石を置いてスタートする(これは将棋のコマ落ちとは全然意味が違う)。

9路盤でも置き碁でも、それはわかっている人にはハンデになるが、分からない人には何が何だか分からないだけで、置き碁なら、こんなにハンデもらってるのにコテンパンにされて凹むだけだと思うのだ。

囲碁ではとにかく序盤の布石が大切だ、その感覚をつかむためには19路盤でお互いに10手だけ打って、どちらが大きく囲めているかを何回もやるのが有効だと思うのだ。

この感覚を掴みつつ、勿論詰碁や死活やヨセの勉強もしなくてはいけないが、とにかく布石で失敗したら囲碁にはならないのだ。このことが囲碁が出来る人にはわからないのだ。

話は変わるが、クリミナルマインドで、最強のプロファイラーであったジェイソン・ギデオンはチェスの名手であった。彼は心に傷を負ってFBIをやめてしまう。

彼が辞めた後、同僚でチェスの好敵手であった天才スペンサー・リードはギデオンのことをチェスに例えてこう言っていた。

「チェスは1ゲーム平均40手だけど───ゲームを重ねるたびに分かってきた 同じテーマのバリエーションでしかない 攻撃から我慢 そして詰みへ 同僚は同じパターンから───違う結果を求めるのに疲れたんだ」同僚とはギデオンのことだ。

私は思うのだ、ギデオンが囲碁をやっていれば辞めることなかったのに、と。事実リードは囲碁もやる。チェスは確かにバリエーションのゲームだが、囲碁は違う。思想と哲学のゲームで、本当の意味で相手の頭と自分の知能との戦いなのだ。

そして最初に戻るが、大切なのは、大局観であり、布石なのだ。先を見通す力があるものが勝つゲームなのだ。

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