理研の発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長が自殺した。

この前放送されたNHKのNHKスペシャル「STAP細胞 不正の深層」を見たばかりだったから驚いた。

他人の不正暴く前にNHKの今までの不正を検証しろよ、と言う気がしないでもないが、私はNHKの番組が好きなので一旦追及の手は緩めておく。

以前の私なら「自殺は逃げ、弱いからだ」と一刀両断していたが、今はそう思わない。

先ずは、やってしまったことについては充分反省すべきで、結末がどうあれ、そのことについては同情の余地はない。

然し、法治国家で文明社会を自認するのであるならば(私は日本が法治国家だとも文明社会だとも思っていないが)、行き過ぎた取材は即ち形を変えた現代のリンチを実行して恥ずかしくないのだらうかと、国民の廉恥心を疑う。

イスラム社会のむち打ちを、野蛮な非文明的な刑罰と指弾する日本人は多いと思うが、日本は死刑を認めていて、このように低俗なマスコミによって—そして勘違いしてはいけないのは、低俗なマスコミが蔓延る社会は、そこに住む国民が低俗なのだ—社会的に私刑を与えて、結局自殺に追い込んでしまった。

この結果として、自殺したことと、自分たちが興味本位で国家的リンチをしたことは、基本的に関係はない。関係はないが、正しく不正を追及するのとリンチするのは訳が違う。

追い詰められた人が、何を選択するかは、本人でなくては分からないだろう。分からないからこそ、他人を思い遣り、思い遣るからこそ、やってしまったことには厳しく当たるべきなのだ。

ホリエモンが「バッシングは受けた人でないと分からない」と言っていた。あんなに図太くて図々しいそうに見える人でもそうなのだ。

私は自殺した笹井さんは弱いからこの選択をしたのではなく、真面目だからこうなったのだと思っている。

周りが頑張っても防げなかったろう。何故なら究極的には私は人は「死ぬ運命にある」と思っているから、彼がこのタイミングで死ぬのは生まれた時から決まっていたと信じているからだ。

色んなコメンテーターやキャスターがつべこべ言っているようだが、死んだ人の気持ちは誰にも分からないのだ。

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