味の素のCMが話題になっていて、何でも、家事、育児をこなして、仕事までしているそうで、男性が何にもしていないこともそうだが、典型的な性による役割の規定は差別だと言うのだ。

私は女性の権利は守られるべきだと思うが、それは弱いからではないし、現実に守られていないからでもない。

そんな風に恣意的に何かを守ろうとするものは必ず滅びてしまう。攻めなくては守れないのは、スポーツも囲碁も将棋も、人生も一緒なのだ。

子どもの権利も守られるべきで、それは当然男性の権利も守らなくてはいけない。動物や植物や、地球自体にも守られるべき権利があり、受刑者の権利も守らなくてはいけないが、被害者の権利も守らなくてはいけない。

我が家では母親が食事を作るのが当たり前だった。調理師免許を持つ父の方が料理は上手であったが、母親の料理を妹と食べながらその日あったことを話すのが楽しかった。

単純に性差別なんてどうでも良くて、母親が料理を作り、父親は子供にとって怖い存在であったのが、我が家の「当たり前」だった。

性差別を前提に役割を固定し押し付けるのが間違っているのと同様に、人間が動物や生物として、自然に暮らしている営みを、勝手に差別と称して排除して行くのは、文明でも何でもなくて、ただのプロパガンダだと思うし、それこそが思想の押し付けだと思う。

もっとシンプルに分かりやすくいえば、子供の目線で言えば、「お母さんのご飯が食べたい」と言った時に、「それは性差別で間違っているんだよ」と教えるのが当たり前だと言いたいのだろうか?

私はこうした社会的なヒステリーとは断固戦って行くし、そういう論調を流してバランスが取れていると思っている低脳なマスコミは絶対に認めない。

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