日曜日にNHKで立花隆さんのドキュメンタリーをやっていた。臨死体験についてで、結局人間の心は死ぬとどうなるのか?というテーマであった。

人間が物質でできている以上、科学的には人間の心や感情はただの電気信号のやりとりだと極論することが出来る。これは教えてもらわなくても分かることだろう。

であれば死ねば、心臓は止まり、電気信号が通わなくなり、心は「消失」する。

本当にそうだろうか?と私も思うし、立花隆さんも同様の結論を持っていながら、疑問を払拭できていないようだ。

心は死なないとする人がいる。死ぬ時には幸せな臨死体験が待っているとする人もいる。

番組の中で、感情を持った機械を作ることは可能だとした学者がいた。人間の脳細胞と同じ規模のコンピュータを作れればそれが出来るというのだ。

私も全くそう思う。逆の意味で。人間がオセロでコンピュータに負けて、チェスでも負けて、今ほぼ将棋でも負けてしまい。人間の自尊心とコンピュータの能力についての議論が喧しいが、私はそれこそ感情的で発展性のない議論だと思う。

人間は速度では自転車にも車にも飛行機にもロケットにも敵わない。力ではロボットアームにもパワーショベルにも敵わない。最初っからそんな勝負はしない。

ゲームでもプログラム出来ることは当然コンピュータの方が強い。

でも、それでは人間とコンピュータはコンピュータの方が優れているのか?

答えは否。

コンピュータが優れているのは記憶の出し入れであってその部分では絶対に敵わない。でも人間の脳は何兆個ものニューロンが絡み合っている、宇宙随一のスーパーコンピュータである。

本能や第六感、直感や胸騒ぎというのは、人間の脳の作り出した幻想ではなく、恐ろしく膨大な量の情報を脳が処理した結果なのだ。

「直感の七割は正しい」といったのは羽生善治さんだが、私もそう思う。

直観力 羽生善治著

広告