五月ならまだ2万円以下で帰れるので、お袋の見舞いに来た。もう勝手知ったるナントヤラで、家から、成田、新千歳からバスを乗り継いで茨戸の病院まで着いた。

お袋の様子は妹が毎日写真と短信を送ってくれるので分かっていた。お袋が私が来ているということが分かるうちは来ようと思っている。

病室に入って、お袋は息をしているようには見えなかった。まさかと思い首に手を当ててみるとまだ温かった。その後いびきをかいたような呼吸をしてとりあえず安心したが、痰の吸引をしており、口の中は血だらけ、食事も4月末からしていないので、反応さえなければ植物人間だ。

然し、私が息子だから思い込みもあるとは思うが、目を開き、こちらを見ており、だんだん頬も色を差してきたように思う。

午後いっぱいお袋の顔を見ていた。

人間はいつ死ぬか自分で決められない。いつ死ぬのが幸せなのだろう?親父のように、誰にも別れを告げずにドサッと死ぬのは幸せなのだろうか?

お袋が今日死ねば、死に目には会えるが、その気配はない。こうやって点滴を打たれてもう3ヶ月。意思を表示することも、手を動かすこともできない。それでも生きていたいのだろうか?死ぬより良いことなのだろうか?

ずっとお袋に話しかけても返事はない。

夕方になり妹が来てくれた。彼女も参っているようだが、献身的に付き添ってくれている。入院費や死んだ後のことも、全部妹に任せきりで申し訳ないとは思うが、私には出来ることがない。

一人で晩飯を食いながら、自分はどんな老後を送るのだろうか考えた。考えたら正直、生きているのが嫌になった。

お金がなければ病院にも入れない。お袋は貯金と年金があるが、私にはそんなもんが用意できるだろうか?

お袋の隣の病室のおじいさんは、痰を吸引されながら、「いてぇな、馬鹿野郎!何考えてるんだ」とずっと看護師さんに毒づいていた。

私がそのおじいさんの立場なら、好かれる我慢強い爺さんになれるだろうか?自信がない。

東京に戻ったら正直に妻と息子に話してみる。珍しく私の中に答えのない問いになる。

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