今日は義理の父の父の日のお祝いで、うちら夫婦と義理の弟夫婦で銀座の天一で食事をした。妻はお父さんのために一週間前にらっきょうの塩漬けを4kgも作り、お父さんと義理の妹にあげていた。

和やかな穏やかな時間を過ごし、帰宅して風呂に入り昼寝をしていたら、妹から電話が鳴った。

もう、覚悟は出来ていたし、隣の部屋でヴァイオリンの練習をしていた妻も、私が寝室で電話をすると気がついて飛んできた。

16時を過ぎていたので、明日の朝の便で向かうと伝えたが、妻から今日行けば?と言われ考えを翻した。直ぐに喪服と衣類を引っ掴んで、羽田空港へ向かい、途中の電車の中で航空券を買った。

最終便の残り3席だったが、後でオーバーブックしている事がわかり3人翌朝の便に振り替えられていたから、やはりお袋はきて欲しかったのだろう。

その最終便も30分遅れ、満席のバスに乗り、来慣れた麻生の駅に着いた時には23時を過ぎていた。

葬儀場に着き、お棺の中のお袋は綺麗に化粧してもらい、穏やかな顔で、しかも少し薄眼を開けていた。

入院してから4ヶ月、点滴だけになり2ヶ月。親戚にも友達にもぜんぶ会って、思い残す事なく、用意周到に亡くなっていったのはお袋らしい。

「早く楽になりたい」が口癖だったが、75年の生涯を閉じて、漸く楽になれたのだろうか?だとしたら、死はめでたい事だと心から思う。 

 

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