やはり疲れていたようで、普段なら6時には目が醒める私が9時まで起きなかった。

私は4歳から6歳まで東区の本町1条3丁目の親戚の敷地内に住んでいて、6歳から東京に行く22歳までを本町2条6丁目で過ごした。

近所の喫茶店『パイン舘」は私の大学生活をギュッと圧縮した大切な場所で、帰郷するたびに寄っていたが、足がない状態で、麻生、茨戸方面からここまで来られなかったので、今日寄ることにした。

環状通東から、ゆっくりあるいてみた。折々歩いてはきたが、こんなにていねいに立ち止まって記憶を確認しながら散歩するのは、恐らく最初で最後になるだろう。

  
書くのを忘れていたが、慌てて東京から来たので、喪服以外は半袖しかない。私は暑がりなので、この気温でも平気だが、札幌の人厚着じゃないか?

記憶の中の街と現実には結構ズレがあるもので、道を一本間違っていたりして、なかなか面白かった。友達のうち、好きだった女の子のうち、ドキドキした近所のお姉さんのうち(そんなのばっかだ)、遊んだ公園、けもの道、噛みしめるように歩いた。

お店は殆ど跡形も無くなっているが、銀行と郵便局は30年前と全く変わらない位置にあった。

パイン舘でコーヒーを飲み、昔話をしてゆっくり時間が流れていった。マスターは5年前会った時は随分と老いぼれた印象だったが、今回は元気そうにみえた。

お互い、30年前は車の話、遊びの話ばっかりだったのに、気がつくと病気の話、年金の話になっていたのが、時間を感じさせてくれた。

『いつ、卒業するか考えてるんだよね』とマスターは言っていた。私だってしんどいのだからマスターの気持ちもわからないではないが、ここがなくなると、いよいよもって私には帰る場所がなくなってしまう。

ひとしきり話して、朝とは違う道で環状通東へ。途中の伏古公園で涼やかな白樺林を見つけた。

  
私の一番好きな木だ。

このあと、円山動物園へ行こうと思ったが、雨が強くなってきたのでやめた。お袋が行くなと言っているのだろう。

ホテルに戻り、昼寝をしていたら、高校の後輩の女の子からMessageが来た。時間があるなら会わない?とのことで、彼女とは正真正銘30年ぶりなので、雨の中いそいそと出かけた。

30年ぶりではあるが、年賀状のやり取りはしているし、Facebookで近況はよく分かっている。つもりだった。

やっぱり会って直接話すのには敵わない。30年の時を経て、お互い色々あったが、過去と現在を行ったり来たりしながら、屈託のない話をするのは楽しいものだ。

わたしは夜に親友と食事の約束があって、彼女も一緒に飲みたそうだった。私は食事終わったら、戻ってくることを約束して札幌駅へ。

親友とは、年に何回か会えているが、話すたびにお互いを励ましあっている。

彼にはまたまだやるべきことが残っているし、たった一人残ったお袋さんを大事にしなくてはならない。

ひとしきり話して別れた後、タクシーに乗り後輩の家に戻った。今年二十歳になる息子さんが帰ってきていた。

お母さんが高校時代、どんだけめんこくて、どんだけモテたか、たっぷり聞かせてあげた。

息子は話に飽きると、ゲームを始め、プイッと寝てしまった。現代っ子。

彼女との話は尽きることはなかったが、広い家なのでゲストルームに泊めてもらうことになった。

これも多分お袋が会わせてくれたんだな。

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