シマジさんという編集者がいて、週刊プレイボーイの編集長をされていた人だ。

その人の書いた文章に衝撃を受けたので抜粋して紹介したい。文中のシバレンは言うまでもなく、作家の柴田錬三郎さんだ。

シバレンさんは当時日本一の売れっ子作家だったから、当然立派な家があったんだけど、「ぬるい幸福は物書きをダメにする」と言って高輪プリンスの一室を仕事場にして、執筆時は殺風景なホテルの部屋にずっとこもっていたんだ。執筆が佳境に入ってくると2日間くらい眠らない日は珍しくない。
そうは言っても、誰もいないホテルの部屋で一人でずっと書いているから、人恋しくなるんだろうな。深夜の編集部にしょっちゅう電話が掛かってきた。「まだ仕事は終わらんのか」って訊かれるから、「あと2時間くらいかかります」と答える。そうすると「それでもいいから来い」。
2時半ころにシバレンさんの部屋にお邪魔して、それからずっと朝まで話し込む。こっちは週刊誌の仕事で書かなきゃいけないものは山積みだし、眠くてしかたのない時もある。「先生、すみませんもう眠くて」と言うと、まあ「何か腹に入れろ」って引き止める。もう夜中の3時も過ぎているから、ルームサービスだってやってない。「先生、こんな時間に何もないですよ」と言っても「何でもお前の好きなものを食わしてやる」と言い切るんだ。
こっちは、無理だろうと思うからわざと「じゃあ、鰻重を食わしてください」って言ったら「おお、そんなもん簡単だよ」。受話器を取って「柴田ですが…」と言って鰻重を持ってこさせた。無茶苦茶だよな。コックが可哀想だよ。そう言ったらシバレンさんは言ったね。
「ここのコックは俺を尊敬している。『先生、何時でもお電話ください。厨房の灯りをつけて先生のお好きなものをお作りします』って言ってくれている。だから、俺はあの男に頼むし、あの男は俺に作ってくれる。それをお前に教えたかったんだ。いいかシマジ、平等や民主主義なんてものは人生に何も生んでくれやしないんだ。上質な脳みそに裏打ちされた、えこ贔屓を享受できる人生を歩まなければダメなんだよ。えこ贔屓されるようにならなきゃ一人前とは言えない。皆と同じように行列に並んでいてはいけないんだ」
有名なら、カネを持っていれば、権力があればえこ贔屓されるかと言えば全然違う。カネをいっぱい落とす上得意の客が、それだけで特別なサービスや心遣いを受けられるかと言えば、そうじゃないよな。特に物書きの世界なんて、わがままで威張り散らしたのが少なくないから、いろんな場面を見てきたけど、面従腹背、陰で笑われている人も多いんだ。

シバレンさんが言ったようにえこ贔屓されるには上質な脳みそが必要なんだ。上質な脳みそを土台にした人間的な魅力があってこそ、周囲の人間はこの人のために何かしてあげたい、この人に喜んでもらいたいと思う。
以上、引用終わる。

私は公平であるべきはチャンスで、結果が公平である必要はないと思っている。その意味では、滋味溢れる至言だと思う。

上質な脳みそ。まだまだ努力が足りないな。私は。

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