断っておくが私はソクラテス大先生に楯突こうというのではない。寧ろ弟子の末端と勝手に自認しているほどだ。

STAP細胞はやっぱりあるという記事が、後から後から出てくる。

私は科学のことだから、しっかり検証して再現すればいいとは思うが、アカデミズムの世界は大塚家具やクックパッドやセブンイレブンのような企業の人事抗争と同様に、醜い嫉妬や好き嫌いでできている。

だから、部外者には真相はわからないし、それが税金で行われていても、どうしょうもないのだから、どうでもいい。

ただ、タイトルに書いたように、悪法も法なりで、決められたルールに則っていれば、公正な気はするかもしれないが、それは大きな誤謬で詭弁だと思う。

私が度々指摘している通り、日本の法律は、いや日本だけではないと思うが、法律は既に人類の進歩に追いついていないし、それを運用するのは結局裁判官や判事という人間だ。常に不完全なのだ。

然し、生活していく上では、永遠に不完全を認めて暮らせないから、どこかでポイントを作らなくてはならない。

その前提が悪法も法なりなのだが、これは確かに尤もだし、法を認めなくては暴力の世界になる。然し、読んで字の如く、悪法なのだ。

悪法を基準に考えれば、それは間違った結果が生まれる。悪法を既得権にしているから間違いが直らないのだ。

数日前にホリエモンのスピーチを引用したが、だからこそ、大切なのは、自分はルールを作る側にいるということなのだ。これができない段階で、悪法も法なりを受け入れざるを得ないのだ。

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